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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)108号 判決

京都市中京区河原町通二条下ルーノ船入町三七八番地

原告

株式会社島津製作所

右代表者代表取締役

横地節男

右訴訟代理人弁理士

菅原弘志

埼玉県入間郡鶴ケ島町富士見六丁目二番二二号

被告

富士電波工機株式会社

右代表者代表取締役

加藤忠男

右訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

村松貞男

坪井淳

鷹取政信

朝倉勝三

右当事者間の昭和五六年(行ケ)第一〇八号審決(実用新案登録無効審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和五三年審判第一五三四七号事件について昭和五六年三月五日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、後告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

被告は、考案の名称を「拘束溶接熱サイクル再現装置」とする登録第一二三八〇六四号実用新案(昭和四四年一二月一五日特許出願、その後、実用新案登録出願に変更、昭和五二年八月二〇日出願公告、昭和五三年八月一五日設定登録。以下、この考案を「本件考案」といい、この実用新案登録を「本件実用新案登録」という。)の権利者であるところ、原告は、被告を被請求人として、昭和五三年一〇月六日、本件実用新案登録を無効にすることについて審判を請求し、昭和五三年審判第一五三四七号事件として審理されたが、昭和五六年三月五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年三月二三日原告に送達された。

二  本件考案の実用新案登録請求の範囲

所定の試験片にプログラムコントロールにより溶接熱サイクルに準じる再現熱サイクルを与えるように誘加熱による加熱及びガス冷却による冷却をする装置と、前記再現熱サイクルに対応して前記試験片の温度、応力および歪を測定する温度検出部、圧力検出部および歪検出部と、この圧力検出部からの応力信号および歪検出部からの歪信号を応力及び歪プログラム設定部にあらかじめ設定した応力・歪プログラムに切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させて前記試験片に前記応力・歪プログラムに応じた荷重または変位を付与する装置と、前記再現熱サイクルに対応して前記試験片の温度、応力および歪を紀録する記録計とを具備することを特徴とする拘束溶接熱サイクル再現装置。(別紙図面参照)

三  本件審決理由の要点

本件考案の要旨は、前項記載の実用新案登録請求の範囲のとおりと認められるところ、請求人(原告)は、本件考案は、その実用新案登録出願前に日本国内又は米国において頒布された後記引用の刊行物に記載された事項に基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第三条第二項の規定に違反して登録されたものであり、同法第三七条第一項の規定により無効とすべきものである旨主張する。ところで、昭和三六年四月二五日発行に係る「溶接学会誌」第三〇巻第四号第二三頁ないし第三一頁(以下「第一引用例」という。)及び昭和三五年一二月二六日発行に係る「金属材料技術研究所研究報告」第三巻第四号第七六頁ないし第八四頁(以下「第二引用例」という。)には、所定の試験片にプログラムコントロールにより溶接熱サイクルに準じる再現熱サイクルを与えるように誘導加熱による加熱及びガス冷却による冷却をする装置と、前記再現熱サイクルに対応して前記試験片の温度及び膨張収縮を測定する温度検出部及び膨張収縮検出部と、前記試験片の温度及び膨張収縮を記録する記録計とを具備する溶接熱サイクル再現装置が、また、昭和四四年三月三一日発行に係る「島津評論」第二六巻第一号第四三頁ないし第四八頁(以下「第三引用例」という。)には、標点間歪速度を降伏点又は耐力に達するまで一定値に保ち、それ以後は別の一定値に保つよう自動制御する標点間定歪試験又は定速負荷試験、定荷重試験その他各種の自動制御試験ができ、ロードセルよりの荷重信号と測定範囲の異なる二種の伸び計よりの信号を切換装置を経て得られた信号とをXY記録計で記録する高温引張試験機が、更に、「Welding Research」一九六三年一月号第一-s頁ないし第三-s頁(以下「第四引用例」という。)には、所定の試験片を急速加熱及び冷却をする装置と、前記試験片に熱サイクル中のあらかじめ選ばれた数点のうちの一点ずつにおいてそれぞれ一定速度の引張歪を付与する装置と、試験中の時間に対する前記試験片の温度及び応力を記録する記録計とを具備するアーク溶接温度下の鉄鋼の強度及び延性試験装置が、それぞれ記載されているものと認められる。

そこで、本件考案と第一引用例ないし第四引用例に記載された事項とを比較すると、第一引用例及び第二引用例は、試験片に溶接熱サイクルに準じる再現熱サイクルを与える装置、温度検出部及び歪検出部を有し、両者を記録する記録計を具備した点において、本件考案と一致するものと認められるとしても、応力及び歪プログラム設定部を設ける点についての記載はない。第三引用例は、伸び又は荷重について自動制御をしているとはいえ、引張試験のためのものであり、応力及び歪の現象をシミユレートするものとは無関係であるから、前記の点に何らの示唆をも与えるものではない。第四引用例における溶接熱サイクル中に与えられる一定速度の引張歪も前記現象のシミユレーシヨンのためではないので、第三引用例と同様前記の点に何らの示唆も与えるものではない。したがつて、第一引用例ないし第四引用例の記載をもつてしては、本件考案が実用新案法第三条第二項の規定に違反して実用新案登録されたものとすることはできない。

また、請求人(原告)は、歪プログラムを不要とする場合、応力プログラム・歪プログラムを切り換える手段をもたない場合も、本件考案に含まれるから、上記の点は、設計変更である旨主張する。

しかしながら、実用新案登録請求の範囲における「この圧力検出部からの応力信号および歪検出部からの歪信号を応力及び歪プログラム設定部にあらかじめ設定した応力・歪プログラムに切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させて前記試験片に前記応力・歪プログラムに応じた荷重または変位を付与する装置」とは、本件考案の明細書及び図面全体、特に明細書第三頁第一六行ないし第四頁第八行(本件考案の実用新案出願公告公報(以下「本件実用新案公報」という。)第二頁第三欄第二〇行ないし第三二行)の「この差動変圧器から送信される歪信号またはロードセルからの応力信号を、応力及び歪プログラム設定部2にあらかじめ設定した歪応力プログラムに切換追従させ、その結果得られた信号を、サーボ増幅器5、サーボ弁6、油圧ユニット7よりなるサーボ式材料試験部に応答させることにより、試験片10に目的に応じた変位または荷重を付与することができる。さらに溶接現象をシミユセートする上において、現象を忠実に再現するには応力制御と歪制御を瞬間的に自動的に切り換える必要があるが、このためにはロードセルの信号と差動変圧機の信号を動作中に切り換える必要がある。」との記載、同明細書第六頁第一七行ないし箒一九行(本件実用新案公報第二頁第四欄第三七行ないし第三九行) の「試験サイクル中、試験目的に応じて荷重と変位の制御信号を遅れなく円滑に切り換えることができる。」との記載、そのうちの応力サイクルの一例である第2図及び第3図並びにそれらに関する記載などからみて、応力プログラム及び歪プログラムの両者を有すること、そのいずれかのプログラムの選択に対応して応力信号及び歪信号を切り換えて入力させることにより、サーボ式試験部に応答させて選択したプログラムに応じた荷重又は変位を付与する装置であることを意味するもので、これらプログラムが拘束応力及び歪履歴のシミユレートのものであることは明らかである。両者のプログラムの選択に関しては、単なる使用上の問題にしかすぎないものであり、終始そのいずれか一方のプログラムを選択したり、又は中途において他方のプログラムに切り換えることもあり得るわけで、いずれにしても、右各引用例に上記の点に何らの示唆もない以上、請求人(原告)の主張を採用することはできない。

四  本件審決を取り消すべき事由

第一引用例ないし第四引用例に本件審決認定のとおりの技術事項が記載されていることは認めるが、本件審決は、本件考案の要旨の認定を誤り、仮にそうでないとしても、本件考案と第一引用例ないし第四引用例との対比に当たり、その認定判断を誤つた結果、本件考案は右各引用例から極めて容易に考案をすることができないとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  要旨認定の誤りについて

本件考案の実用新案登録請求の範囲中「あらかじめ設定した応力・歪プログラムに切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させて」の部分は、明細書の考案の詳細な説明の項及び図面による具体的な技術開示によつて裏付けちれていないので、実用新案登録請求の範囲からこれを除外したものをもつて、本件考案の要旨とすべきである。すなわち、本件考案の明細書中には、「溶接現象をシミユレートする上において、現象を忠実に再現するには応力制御と歪制御を瞬間的に自動的に切り換える必要があるが、このためにはロードセルの信号と差動変圧器の信号を動作中に切り換える必要がある。」(本件実用新案公報第二頁第三欄第二八行ないし第三二行)と記載されているが、この記載は、単なる必要性の指摘であり、この記載をもつて具体的な技術開示であるとすることはできない。また、第1図に示す実施例の構成において、圧力検出部16、歪検出部14と応力及び歪プログラム設定部2との間に切換えスイツチがあるが、それ自体の説明又はその切換動作に関する図面上の記載並びに説明がないから、このスイツチが前記プログラムに沿つて追随切換開閉するものとは理解することができず、第2図及び第3図にも歪プログラムに関する表現はない。「溶接現象を忠実に再現するには、応力制御と歪制御を瞬間的に自動的に切り換える必要がある」とするなら、「このためにはロードセルの信号と差動変圧器の信号を動作中に切り換える必要がある」ことは至極当然のことであつて、問題は、どのような方法によつて、溶接現象を忠実に再現するような切換追従を行わせるのか、という点にある。しかるに、本件考案の明細書及び図面には、前述のとおりこの点に関する具体的な開示がないから、実用新案登録請求の範囲中の前記文言部分は、本件考案の要指から除外されるべきものである。被告は、この点に関し、本件考案の明細書には当業者が容易に実施し得る程度の記載があるとして、本件実用新案公報第二頁第三欄第一五行ないし第二七行の記載及び図面第1図を指滴するが、これらの記載内容からは、圧力検出部と歪検出部が応力及び歪プログラム設定部に対して切換え可能に構成されていることが理解できるだけで、歪信号と応力信号をあらかじみ設定した歪及び応力プログラムに切換追従させる方法については何ら開示されていない。本件考案の明細書で使用されている「切換追従」なる言葉は、制御信号を単に切換え供給することができるという意味ではなく、「同一プログラム中に応力制御から歪制御へ、歪制御から応力制御へと制御信号を切換追従させる」ことを意味し、これによつて溶接現象を自動的に再現しょうとするものであると解されるところ、本件考案の明細書には単に端子らしいものが図示されているのみで、この端子を制御する制御手段が具体的に開示されているわけではないので、本件考案の要旨に切換追従という重要な事項を組み入れることは許されない。以上のとおり、本件審決は、本件考案の要旨認定を誤つたものである。

2  本件考案と各引用例との対比判断の誤りについて

仮に、本件考案の要旨認定に誤りがないとしても、本件審決は、本件考案と第一引用例ないし第四引用例に記載された技術事項との対比判断を誤つたものてある。すなわち、本件審決は、第一引用例及び第二引用例は、試験片に溶接熱サイクルに準じる再現熱サイクルを与える装置、温度検出部及び歪検出部を有し、両者を記録する記録計を具備した点において本件考案と一致するが、応力及び歪プログラム設定部を設ける点については記載するところがなく、第三引用例は、伸び又は荷重について自動制御をしているとはいえ、引張試験のためのものであり、応力及び歪の現象をシミユレートするものとは無関係であるから、前記の点に何らの示唆を与えるものではなく、また、第四引用例における溶接熱サイクル中に与えられる一定速度の引張歪も前記現象のシミユレーシヨンのためではないので、第三引用例同様前記の点に何らの示唆も与えるものではない、としているが、この認定判断は誤りであつて、本件考案は、第一引用例ないし第四引用例の単なる組合せにより当業者が極めて容易に考案し得るものである。すなわち、第三引用例記載の装置は、本件審決認定のように単に引張試験のためのものだけではなく、試験片に種々の応力・歪条件を付与することができる万能材料試験機としての機能をももつものである。これを詳述するに、本件考案における能応力及び歪プログラム設定部は、試験サイクル中における応力若しくは歪の変化を自動制御するためのもので、圧力検出部からの応力信号及び歪検出部からの歪信号がこれに切り換えて供給され、これらの信号がプログラムに追従するように材料試験部に制御信号を供給するものと解されるところ、本件考案における試験片に荷重又は変位を付与する材料試験部は、第三引用例における万能材料試験機からなる「試験機本体」がこれに該当し、また、本件考案の右プログラム設定部と同様の働きをなすものとして第三引用例における「標点間ひずみ速度自動制御装置」がこれに相当する。第三引用例における標点間ひずみ速度自動制御装置が標点間定速ひずみ試験、標点間定ひずみ試験、定速負荷試験、定荷重試験その他各種の自動制御試験を行うことができる自動制御装置を備えていることは、第三引用例中の「本機の自動制御装置は標点間定速ひずみ試験だけでなく、標点間定ひずみ試験、定速負荷試験、定荷重試験、その他各種の自動制御試験ができる特長をもつている。」旨(甲第三号証第四六頁左欄第二八行ないし第三〇行)の記載及び図8にこの装置が具備する自動荷重-ひずみ制御装置が図示されていることから明らかである。定速ひずみ試験ができるということは、所定のプログラムに従つて、ひずみを自動的に変化させることができるということであり、第三引用例中第四七頁の図9、図11及び同第四八頁の図12は、このようなひずみ制御の例を表している。また、前記図12に示されているように、試験サイクル中にひずみ速度を切り換えることもできる。同様に定速負荷試験ができるということは、試験片の応力を所定のプログラムに従つて自動的に変化させることができることを意味する。これらの試験において、試験片に加えられる負荷とひずみとが自動制御装置にフイードパツクされることはいうまでもない。更に、このことは、例えば第三引用例に「本機は、標点間ひずみ速度の自動制御を特長とする高温引張試験機としてはもちろんのこと、万能材料試験機としてもユニークなものである。」(同号証第四四頁左欄第一一行ないし第一三行)と記載されていることからも明らかである。そして、万能材料試験機としての機能をもつ第三引用例記載の装置を「応力及び歪の現象」のシミユレートに使用するかどうかは、単なる用途の選択の問題であり、これを溶接熱サイクルを付与する装置と組み合わせて「応力及び歪の現象」のシミユレートに使用することができることは明らかであるから、本件審決が右装置を「応力及び歪の現象をシミユレートするものとは無関係である」としたのは、誤りである。更に、第三引用例記載の装置には、「自動荷重-ひずみ制御装置」が設けられており、所定のプログラムに沿つた応力制御と歪制御を行うことができるから、本件審決認定のように、第三引用例をもつて「応力及び歪プログラム設定部を設ける点に何らの示唆も与えるものではない」とすることはできない。また、本件考案に係る「拘束溶接熱サイクル再現装置」は、つまるところ、熱系と力系の試験装置を組み合わせて溶接時に試験片に生ずる現象を再現しようとする装置といえるところ、このように熱系と力系の試験装置を組み合わせて溶接時に試験片に生ずる現象を再現するという考え方は、第四引用例に示されている。

これを要するに、本件考案は第一引用例ないし第四引用例の単なる組合せにすぎず、本件考案は右各引用例から極めて容易に考案をすることができたものというべきである。

第三  被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四の主張は争う。本件審決の認定判断は正当であつて、本件審決には原告主張のような違法の点はない。

1  請求の原因四1の主張について

原告は、本件考案の実用新案登録請求の範囲中その主張の記載部分は本件考案の要旨から除外すべきである旨主張するが、考案の技術的範囲は、実用新案法第二六条で準用する特許法第七〇条の規定から明らかなように、実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定められるべきものであるから、実用新案登録請求の範囲に記載された技術事項を除外して考案の要旨を認定することは許されない。原告主張の技術事項が本件考案の明細書にどの程度に開示されているかは、実用新案法第五条第三項に規定されている「考案の詳細な説明には、その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その考案の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」との要件を満足しているか否かの問題であり、もし、技術事項の開示が不充分の場合には、実用新案法第三七条第一項第三号に該当することを理由とする無効審判の対象となるだけであり、開示の不充分な技術事項を除外して考案の要旨を認定すべきであるとする根拠とはならない。のみならず、原告が本件考案の要旨から除外すべきであると主張する部分については、本件考案の明細書中に当業者が容易に実施し得る程度に具体的に構成が記載されている。すなわち、本件考案の明細書には、「自動式チヤツク11は応力の検出子である例えばロードセル等の圧力検出部16に直結されている。また、変位量(歪)は上下チヤツク11、12間に設置された例えば差動変圧器等の歪検出部14で検出するようになつている。したがつて、この差動変圧器から送信される歪信号またはロードセルからの応力信号を、応力及び歪プログラム設定部2にあらかじめ設定した歪応力プログラムに切換追従させ、その結果得られた信号を、サーボ増幅器5、サーボ弁6、油圧ユニツト7よりなるサーボ式材料試験部に応答させることにより、試験片10に目的に応じた変位または荷重を付与することができる。」(本件実用新案公報第二頁第三欄第一五行ないし第二七行)と記載されていて、圧力検出部16と歪検出部14が応力及び歪プログラム設定部2に対して切り換わる構成であることが理解でき、また、図面の第1図には、各検出部14、16より引き出されたラインの端子に対して応力及び歪プログラム設定部2及びサーボ式材料試験部5、6、7に接続されたライン端部に矢印で示したスイツチを対応させて示してあり、更に、明細書の前記記載に続いて、「溶接現象をシミユレートする上において、現象を忠実に再現するには応力制御と歪制御を瞬間的に自動的に切り換える必要があるが、このためにはロードセルの信号と差動変圧器の信号を動作中に切り換える必要がある。」(本件実用新案公報第二頁第三欄第二八行ないし第三二行)と記載されているように、ロードセルの信号と差動変圧器の信号を切り換えることが示されているのである(なお、本件考案において切換追従するものは、制御対象である試験片の状態を表わしている検出信号であり、検出信号が追従するということは検出された状態がプログラムに追従することを意味する。)。したがつて、これらの記載をみれば、第1図の回路のスイツチを切り換えることによつて応力信号と歪信号を応力・歪プログラムに切換追従させることができることは、電気回路の常識を持つた者であれば、特に明細書に、このスイツチを切り換えるという説明がなくても理解できることである。また、第2図は、「試験片10に与えられる拘束下における熱サイクルと応力サイクルの一例を示すもの」(本件実用新案公報第二頁第三欄第三三行及び第三四行)で、歪が生じない状態に完全に拘束した場合の態様を示し、いわゆる定歪コントロールの再現状態を示すものであつて、単なる使用例にすぎない。歪サイクルについても、「溶接熱サイクル再現中に試験片に定量または連続的歪サイクルを温度と対応させ乍らプログラムコントロールすることができ」(本件実用新案公報第二頁第三欄第三九行ないし第四一行)と記載されているように、応力・歪サイクルの設定は試験目的に応じて任意にできるのである。第3図は、サイクルのプログラム設定の場合、いわゆる折れ線式に設定することを説明するものであつて、その説明によると、温度サイクルでも応力サイクルでもよく、歪サイクルはグラフの繁雑を避けるために記載していないにすぎず、このことは、「定温、定応力、定歪の同時設定も可能であり」(本件実用新案公報第二頁第四欄第二五行及び第二六行)との記載からも明らかである。

2  同四2の主張について

第一引用例ないし第四引用例には本件考案の必須の要件である「圧力検出部からの応力信号および歪検出部からの歪信号を応力及び歪プログラム設定部にあらかじめ設定した応力・歪プログラムに切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させて試験片に前記応力・歪プログラムに応じた荷重または変位を付与する装置」を具備する点について何ら示唆するところがなく、したがつて、これらの各引用例をもつてしては本願考案が実用新案法第三条第二項の規定に違反して実用新案登録されたものとすることはできないとした本件審決の判断は正当である。すなわち、第三引用例には、標点間歪速度を降伏点又は耐力に達するまで一定値に保ち、それ以後は別の一定値に保つよう自動制御する標点間定歪試験又は定速負荷試験、定荷重試験その他各種の自動制御試験ができ、ロードセルよりの荷重信号と測定範囲の異なる二種の伸び計より切換装置を経て得られた信号とをXY記録計に記録する高温引張試験機が記載されているが、この装置は、引張試験のためのものであり、応力及び歪の現象をシミユレートするものではない。引張試験は試験片の耐力を越える引張力を加えるものであり、第三引用例記載の装置は標点間歪速度がJISで耐力以下及び以上においてそれぞれ所定値に保つことが規定されているために歪速度を制御しているものである。引張試験は、試験の耐力を超える引張力を加えるものであるから、実際に行われる溶接状態を再現する場合にその再現に必要な歪とは歪量が全く異なるものである。したがつて、第三引用例記載のものにおいては、歪を付与する手段を備えていても、それはJIS規格に対応するためのものであつて、シミユレートする場合とは歪を付与する目的及び歪の大きさが全く異なるものであるから、引張試験機で行われる歪の付与は溶接時の応力及び歪現象をシミユレートする場合の制御とは全く関係がないものであり、引張試験機においてJIS規格に合つた歪速度を与えるために歪速度を一定に制御する技術から、拘束溶接熱サイクルを忠実に再現するために所定の応力・歪プログラムに従つて応力及び歪を制御することが極めて容易に予測できるものではない。更に、本件考案は、単に応力プログラム設定部と、歪プログラム設定部と、荷重又は変位を付与する装置を備えることだけを要件としているものではなく、応力・歪プログラムに切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させて、応力・歪プログラムに応じた荷重又は変位を付与する装置を備えることを要件としているところ、このような応力制御と歪制御の切換えについては、第三引用例には何ら示唆するところがない。また、第四引用例には、本件審決認定のとおりの技術内容の装置が記載されているにすぎず、この装置も拘束溶接熱サイクル再現装置ではない。すなわち、第四引用例は、温度については、アーク溶接の場合の熱サイクルをシミユレートしているが、引張歪は、強度、延性の測定のために付与されるものであつて、試験片を破断してそれまでの引張歪を測定して、試験片の強度や延性を測定するものであるから、引張歪を付与する目的は本件考案と全く異なつている。第四引用例において引張歪は、一定速度の破断に必要な値(例示されているのは毎秒二インチ)であるから、これから本件考案のように所定のプログラムに従つて引張歪を溶接状態をシミユレートするよう制御することを予測することは不可能というべきである。まして、本件考案が要件とする前記応力制御と歪制御とを切り換える構成については、第四引用例には全くその記載がない。

第四  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件考案の実用新案登録請求の範囲及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決の認定判断は正当であり、原告の主張を取り消すべき事由は、次に説示するとおり、すべて理由がないものというべきである。

1  要旨認定の誤りについて

原告は、本件考案の実用新案登録請求の範囲中「あらかじめ設定した応力・歪プログラムに切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させて」の部分は、本件考案の要旨に含まれない旨主張するから、審案するに、成立に争いのない甲第六号証(本件実用新案公報)によれば、本件考案の明細書の発明の詳細な説明の項には、本件考案の目的に関し、「本考案は、・・・・溶接時および溶接後処理の状態をシミユレートするために、熱、応力、ひずみサイクルを再現する装置で、試験片の急速加熱には高周波方式を採用し、急速冷却はガス冷却を用い、加熱、冷却はプログラム制御により溶接熱サイクルに準じて再現熱サイクルを与えることができ、また試験片に引張り圧縮の荷重を与えるための応力制御あるいは任意のひずみ制御をプログラム制御により行ない得る拘束溶接熱サイクル再現装置を提供することを目的とする。」旨(第一頁第二欄第一一行ないし第二一行)旨記載され、その作用及び効果に関し、「自動式チヤツク11は応力の検出子である例えばロードセル等の圧力検出部16に直結されている。また、変位量(歪)は上下チヤツク11、12間に設置された例えば差動変圧器等の歪検出部14で検出するようになつている。したがつて、この差動変圧器から送信される歪信号またはロードセルからの応力信号を、応力及び歪プログラム設定部2にあらかじめ設定した歪応力プログラムに切換追従させ、その結果得られた信号を、サーボ増幅器5、サーボ弁6、油圧ユニツト7よりなるサーボ式材料試験部に応答させることにより、試験片10に目的に応じた変位または荷重を付与することができる。さらに、溶接現象をシミユレートする上において、現象を忠実に再現するには応力制御と歪制御を瞬間的に自動的に切り換える必要があるが、このためにはロードセルの信号と差動変圧器の信号を動作中に切り換える必要がある。」旨(同第二頁第三欄第一五行ないし第三二行)の記載があることが認められ、これらの本件考案の目的及び作用効果に関する記載に前記当事者間に争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲並び前掲甲第六号証中の図面を綜合すれば、本件考案は、圧力検出部からの応力信号及び歪検出部からの歪信号を、応力及び歪プログラム設定部にあらかじめ設定した応力・歪プログラムに、切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させ、応力制御と歪制御とを切り換えることにより、溶接現象を忠実に再現するようにした装置であるということができるから、前記の「あらかじめ設定した応力・歪プログラムに切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させる」構成は、本件考案の必須の構成要件をなすものであるといわなければならない。そうすると、本件審決における本件考案の要旨認定に誤りはないというべきである。なお、附言するに、原告は、本件考案の実用新案登録請求の範囲中その主張の文言部分は、明細書の考案の詳細な説明の項における具体的な技術開示によつて裹付けられていない旨主張するが、原告の右主張が、明細書の考案の詳細な説明の項に、当業者が容易に実施をすることができる程度に、その考案の具体的な構成が記載されていないとの趣旨であれば、それは本件考案の実用新案登録出願が実用新案法第五条第三項の規定に違反するかどうかの問題(同法第三七条第一項第三号)であり、右事由自体は、本件審決における本件考案の要旨認定を誤りとする事由となし得ないものというべきである。

2  本件考案と各引用例との対比判断の誤りについて

第一引用例ないし第四引用例に本件審決認定のとおりの技術事項が記載されていることは、当事者間に争いがないところ、本件考案の要旨と第一引用例ないし第四引用例の右技術事項とを対比するに、本件審決認定のとおり、右各引用例には、本件考案の要件である「圧力検出部からの応力信号および歪検出部からの歪信号を応力及び歪プログラム設定部にあらかじめ設定した応力・歪プログラムに切換追従するようにサーボ式材料試験部に応答させて試験片に前記応力・歪プログラムに応じた荷重または変位を付与する装置」を設けることを示す記載はなく、また、この点を示唆する記載も認めることができない。

この点に関し、原告は、第三引用例記載の装置は、本件審決認定のように単に引張試験のためのものではなく、試験片に種々の応力・歪条件を付与することができる万能材料試験機としての機能をもつものであつて、これを溶接熱サイクルを付与する装置と組み合わせて「応力及び歪の現象」のシミユレートに使用することができることは明らかであり、また、第三引用例記載の装置には「自動荷重-ひずみ制御装置」が設けられており、所定のプログラムに沿つた応力制御と歪制御を行うことができるのであるから、応力及び歪設定部を設ける点についての示唆を与えるものである等屡々主張する。なるほど、成立に争いがない甲第三号証(第三引用例)によれば、第三引用例には、「本機は、標点間ひずみ速度の自動制御を特長とする高温引張試験機としてはもちろんのこと、万能材料試験機としてもユニークなものである。」旨(第四四頁左欄第一一行ないし第一三行)また、「本機の自動制御装置は標点間定速ひずみ試験だけでなく、標点間定ひずみ試験、定速負荷試験、定荷重試験、その他各種の自動制御試験ができる特長をもつている。」旨(第四六頁第二八行ないし第三〇行)の記載があり、「図8に自動荷重-ひずみ制御装置を示す。」旨(第四六頁左欄第三〇行、第三一行)の記載に続き、図8として、「自動荷重-ひずみ制御装置」が図示されていることを認めることができるけれども、同号証によれば、第三引用例記載の装置は、「万能」と記載されていても、一定の高温に加熱する機能をもつたもので、溶接現象の再現のために必要とする熱サイクルのような急速加熱・冷却機能を備えたものではなく、その最高温度も八五〇℃であつて、溶接現象再現のために必要とされる最高温度(成立に争いのない甲第一号証及び第二号証によれば、一、三五〇℃)ではないことが認められるから、第三引用例記載のものは、万能材料試験機ではあつても、熱、応力、歪のいずれについても溶接現象を再現し得るよう付与できるものということはできず、したがつて、溶接熱サイクル再現という技術的思想を開示し、又は示唆するものではない。ところで、前認定したところによると、前記本件考案の要件をなす、応力及び歪プログラム設定部、サーボ式試験部、荷重又は変位を付与する装置は、熱サイクルとともに設定されたプログラムに従つて溶接現象を再現するためのものであることは明らかであるから、第三引用例記載のものは、この点において、本件考案とは技術的思想を異にするものというべきである。また、第三引用例に図示された前記「自動荷重-ひずみ制御装置」が荷重と歪との関係を自動的に制御するものであつて、それがあるプログラムに沿つたものであるとしても、第三引用例が本件考案における溶接熱サイクルの再現という技術的思想を開示するものでない以上、溶接熱再現のため、応力信号及び歪信号を切換追従させる応力・歪プログラムの設定を示唆するものとは、到底認めることができない。更に、原告は、拘束溶接熱サイクル再現装置の考え方は第四引用例に示されている旨主張するが、前記当事者間に争いのない第四引用例の記載事項に成立に争いのない甲第四号証を総合すると、第四引用例は、熱系については溶接熱サイクルをシミユレートするものであるが、力系については引張り歪を二インチ/秒の割合で与えて試料を破断させるようにしたものであることが認められ、溶接時の歪サイクルをシミユレートするものではないから、熱系と力系の試験装置を組み合わせて溶接時の試験片に生ずる現象を再現する本件考案の技術的思想を開示し、又は示唆するものとはいい難く、原告の右主張も採用するに由ない。

そうであるとすれば、本件考案をもつて第一引用例ないし第四引用例から極めて容易に考案をなし得ないものとした本件審決の認定判断は、正当というべきである。

(むすび)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 清永利亮 裁判官杉山伸顕は転補のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 武居二郎)

別紙図面

〈省略〉

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